これは、世界の人々の健康のために宇宙にきらめく星空のように輝き続ける、仁丹の偉大な125年の歴史物語である・・・。
※本内容については、現行の製品のものではなく、当社の歴史に基づいて記載しております
創業者である森下博が、明治28年に台湾に出兵した際に現地でみた「起死回生の妙薬として服用されていた小さな丸薬」をヒントに、仁丹は開発される。それは、風邪など軽い病気でも命を落とす人が多かった当時の医療状況をかんがみ、病気は予防するものであるという「セルフメディケーション」を実現するためであった。
当初は現在の銀粒ではなく、ベンガラでコーティングした赤大粒仁丹だった。社是にある「原料の精選」を守り、使用する生薬は最高級ランクのものだけを使用。生薬問屋では最高級のものが入ると、「仁丹行き」という札がはられた程であった。
仁丹の名前は、漢学者・藤沢南岳が命名したもので、発売5年前の1900年にはすでに商標登録を申請。
「森下南陽堂」「森下博薬房」から組織を改め、森下仁丹株式会社を設立。仁丹の歴史を語る上で、商標の変遷を忘れてはならない。同じように見えるかもしれないが、少しずつ顔が変わってきている。
実は、発売当初から海外展開を狙っていた仁丹、パッケージには英語、ハングルでも商品説明が記載されていた。前年の1907年には満を持して輸出部が立ち上がり、世界各国への商標登録を開始する。それは、仁丹が掲げる社是にある「外貨の獲得」の実践であった。
中国全土の約4000にものぼる郵便局を販売拠点にするという戦略は奏功し、販売のみならず後の中国宣伝への大きな力となった。漢薬のふるさとである中国の良質な薬草を用いた仁丹を現地の人々にという想いがここに実ったのである。
以後、仁丹はインド、東南アジア、南米、アフリカへと広まっていく。
「赤大粒」から始まった仁丹は、「赤小粒仁丹」を経て「銀粒仁丹」へと進化を遂げる。16種類の生薬を金沢産の純銀でコーティングした仁丹は、携帯性にすぐれるだけでなく銀の抗菌作用で中身を守る役割もあった。1934年には「ローズ仁丹」が加わり、その楽しみ方も多岐に渡るように。
また、仁丹といえばさまざまなケースがあることでも有名であり、持ち歩く楽しみも。
販売当初から一口5円の仁丹セットや、広告看板による大規模宣伝を行なうなど、販売戦略においても突出していた仁丹。発売から2年後には、大阪駅前に大広告塔を建設。この広告塔は全国様々な箇所につくられており、他には浅草の仁丹塔などが有名である。
創業時の社是にもあるとおり、広告は世のためになるようにという「広告益世」を実践し、新聞広告には一部に福沢諭吉の格言をレイアウトしたり、町名を記載した琺瑯看板を京都ほか全国に掲出。結果、発売2年で仁丹は、売上高において日本の家庭薬の第一位に。
1905年の仁丹誕生から50年。
創売50周年記念式典では総額100万円の懸賞抽選会を大阪歌舞伎座で開催。この年は、銀粒と同様に会社の基盤であった水銀体温計が、年間250万本の生産を記録し、シェア40%を占め、総生産量1位に。
「ジンジンジンタン、ジンタカタッタッタ」のフレーズでおなじみのダークダックスが歌う仁丹の歌で大ヒット。森繁久弥、高島忠夫、山口崇、田中邦衛など往年の名優が出演。CMに起用されたタレントは、大阪本社に来ると、帰りに厚くふくらんだ封筒の小遣いをもらって帰るのが恒例だったとか。
女性を中心に人気を博した紀州梅をたっぷり使った梅仁丹。「エスパー魔美」がテレポートするときのアイテムとしても話題に。その後1975年に発売する「グリーン仁丹」とあわせて子供の遠足のおやつに重宝された。梅仁丹は乗り物酔いに効くため、おやつとは別枠で扱われ、規定の合計金額に含まなくてよい学校もあったという。
1970年の大阪万博では会場内に仁丹自動販売機を6台設置。
「クリスタルデュウ」を経てシームレスカプセルで包んだ液体の仁丹が誕生。定価1000円の「クリスタルデュウ」は、すすきの、銀座、北新地、中洲でのみよく売れたとか。液体仁丹を実現するために開発された独自のシームレスカプセル技術は「ビフィーナ10」へとつながり、森下仁丹のコア技術に発展する。
仁丹誕生から110余年。
仁丹で培った銀のコーティングで「中身を守る」ことから派生して、今ではシームレスカプセルによって、液体だけでなく微生物やあらゆるものを守ることが可能に。子宮頸がんワクチンなど医療用医薬品の開発、機能性表示食品の他、Amazonで売上1位を獲得した仁丹の「鼻・のど甜茶飴」などシームレスカプセルはあらゆる製品に応用されている。加食だけでなく、産業用途にも応用し、レアメタル回収カプセルやシロアリ駆除カプセルの開発にも活用されるなど、その領域は益々広がりを見せている。
これからも、世界中の人々の健康寿命の延伸にますます貢献すべく、仁丹は走り続けていくのであった。